2008年02月29日

ママさんリレーエッセイ VOL.7

(「中の町の中・1月号」より)

ママさんリレーエッセイ

スナック早苗 
比嘉 末子 ママ


    TEL 932-3978

うちの女の子をほめられると嬉しい


 早苗は今年二十八年目を迎える老舗スナック。
安心して接待できる店として高い評価を得ている。

 末子ママが店を始めた二十八年前、
当時人気アイドルだった桜田淳子さんのファンで、
彼女がCMに出ていた耕耘機「早苗」が店の名前の由来だという。
「苗は若い芽をたくさんつけるからいい名前だと思ったの。
それに私、農業高校出身だったから
これはいい名前だって思いました」と店名の由来を教えてくれた。
名前にこめられた願い通りに「早苗」からは
この間大勢の女性たちが育ち巣立っていき、
あちこちで店を経営している。
早苗出身のママたちは自らのことを「早苗大学出身」と呼ぶほど
この店に愛着を持ち、ここで学んだことを基本に店を経営している。
「特に厳しく教えているわけじゃないんですよ。
社交性のある子は最低限のことさえ教えれば
自分で自然に体得していきますね」と末子ママ。

 ここではママのフットワークがなにしろ一番軽い。
「まず私自身が動くから女の子達はその姿を見て
学んでくれているんだと思いますよ。
でもこの商売はただ単に立ち居振る舞いがいいだけではダメ。
どんなお客様が来てもお話を合わせられるような教養も必要。
スポーツや政治などの話題もちゃんと知っておかないと。
質のいい子がいるところには質のいいお客様が自然に集まってきます。
だから女の子たちには自分の質を高めるよう
いつでも努力しなさいと言っています」と話す。
お客様から「いい教育をしているね」と
女の子たちをほめられるのが一番嬉しいと笑顔を見せてくれた。

 「これからは営業もいろんな形でかけていかないといけない時代。
だからうちでは本土から来てくださったお客様との交流も絶たないように、
ネットができることを条件に新しい子を採用しました。」と、
常に新しいことへもチャレンジしている。
「商売には良いときも悪い時もあります。
景気や社会のせいだけではない。
新しい店が台頭してくる中、
自分たちがどうすべきか常に経営のあり方を見直しています」と
毅然とした経営者の表情を見せた。

 中の町の活性化について尋ねてみると
「中の町の入り口にあるアーチ状の看板をなんとかしたいですね。
もうなくなってしまった店の看板は外して
今頑張っているお店をちゃんと載せて。
それと私は明るいのが好きなので、
十二月は一ヶ月くらい町を挙げて全店舗参加で
イルミネーションをしてみたいです」と話してくれた。

応援隊の一斉清掃には天ぷらや飲み物の差し入れをしてくれ
る優しい中の町のビッグママ・末子さん。
小さな個人のことから大きな町全体のことまで常に気を配っている。

 末子ママ、最後に一言言わせてとこう締めくくった。
「あけましておめでとうございます。
皆様にはいつもお世話になっております。
今年も『早苗』をよろしくお願いします。」





  

2008年01月21日

ママさんリレーエッセイ (大城睦子ママ)

(「中の町の中・12月号」)より

ママさんリレーエッセイ

ADVANCE 
大城 睦子 ママ(41)


うちは美人はいないけど『普通の上等』ばかりです




 オープンと同時に大勢のお客様がなだれ込んでくる。
平日だというのにあっという間に店は満杯に。
今回紹介する睦子ママが経営するアドバンスは中の町屈指の人気店だ。

睦子ママがこの道に入ったきっかけは離婚。
子ども二人をどうやって育てるかと考えた時この道を選んだ。
叔母の比嘉末子さんが経営する老舗スナック「早苗」に入り、
接客のノウハウを一から学んだ。
「生きるために必死だったから。苦労もあったけど頑張れました」と話す。
そして独立。今から十年前に中通りにアドバンスを構えた。
ベージュを基調とした暖かな雰囲気の落ち着いた店内、
スタッフは十五名余。広々としたフロアが居心地が良い。
店はまたたく間に人気店となった。

睦子ママは常に遊びに来るお客さんの立場に立った店作りを心がけている。
例えばカラオケの音量一つとっても、
スピーカーの切り替えでボックスごとに音量を切り替え、
盛り上がりたいグループは盛り上がり、
語りたい人たちには会話を楽しめる音量にするなど
あらゆる面で細やかな気配りが行き届いている。
誰がいつ来ても楽しく過ごせるようにママもスタッフも常に心を砕いている。

「この商売は人の力なくしては出来ない商売。
お金儲けも大切だけど、
お客様やスタッフ一人ひとりの気持ちを一番大切にしています。
スタッフを一番信用することで、
彼女たち自身がどうやったらお客様にとって楽しい店になるのかを
自然に考えてくれています。」と話す。

こんなに大きな店なので
常にミーティングをしているのかと思ったらそうではないという。
「よほどのことがない限りいちいち注意はしません。
女性だったら生理的に機嫌の悪い日だってあるし(笑)
みんなで集まるのは年に一度家族を含めての食事会をするくらい。
みんな仲良しですよ。
働いている時間を一生懸命やってくれればそれでいい。
スタッフは大人だし、何をどうすべきか自分で分かっていると思います。
お互い信頼しあっていますので
この十年間にやめられたことが一度もないんですよ。
今度後押しして独立させる子が一人いるだけで」。
ママの懐の深さが伺える発言だ。

「自分自身がこれまでいろいろな経験してきたので
スタッフの痛みも分かる。うちで働いている子たちは七割が母子家庭。
同じ痛みを持っている子たちにお給料を払えるのが今の一番の喜びです」と
この日一番の笑顔を見せてくれた。
まだ若いが懐の深い暖かいママだ。
ママのこの人柄にふれたくて
お客さんはこの店を選んでやってくるのだとしみじみ感じさせられた。

「うちは美人はいないけどみんな『普通の上等』。
ケンカもないし、和気あいあいとやっています。
楽しいお店です。思い切り発散しに来てください」と睦子ママ。
アドバンスの何気ない中に見え隠れする
プロの接待の奥深さを一度体験してほしい。

次回は早苗の比嘉末子ママを紹介します。


ADVANCE TEL 930-6178  

2007年12月07日

ママさんリレーエッセイ vol.5

(「中の町の中・11月号」より)


てんきゃらっと 

古謝博子ママ


守りじゃなく常に攻めの経営を





 黒の着物をあでやかに着こなし、スタッフにてきぱきと指示を与える。
無駄がなく、とても美しい所作の女性が今回紹介する「てんきゃらっと」の古謝博子ママだ。
若手ながら、20名余のスタッフを抱える、中の町屈指の大型店舗のママさんだ。

 ママが現在の場所にお店を構えたのは6年前、
それまでは諸見で「てん」という店を15年間経営していた。
「元々人と接するのが好きだったのでこの道に入りました。天職です」と博子ママ。
てんきゃらっとの店内に入ってまず目につくのが人造の滝。
そして高い天井。白を基調とした落ち着いた店内にはバーカウンターと通常のカウンター。
どのスペースも洗練されていてお洒落だ。客席は60席、
いつも大勢のお客様で賑わっている。

 こんなにたくさんのスタッフを雇っているママ、苦労も多いのではないかと尋ねると
「まずスタッフを信用して任せることが大切。『実るほど頭を垂れる稲穂かな』で、
いつでも腰を低く謙虚に人の話を聞くようにスタッフに言っています」と話す。

 ママ曰く、この店のスタッフはみんな個性的。
そして一人ひとりがプロとしての意識を常に持っているという。
それもそのはず、ママの営業姿勢がしっかり浸透しているからだ。
「この世界はシビアです。弱肉強食の世界。
その中で、店のブランドを維持するためにスタッフには常に意識向上を呼びかけています。
前向きに努力をしていかないと
店のレベルが低くなってはお客様は離れてしまいますから」ときっぱり。
守りではなく常に攻めの経営に徹していると言う。
ママの店からはすでに6名がのれんわけして巣立っていった。
どの店もママの精神を受け継ぎしっかりとした営業を展開しているという。

 そんなママもオフの日には自分流のライフスタイルを楽しんでいる。
趣味は琉球舞踊と陶芸。
なるほど板についた着物の着こなしはそこから来るのかと納得した。
陶芸暦は5年、皿や箸置きなどを作っているという。
「形は悪くてもすべて一点ものなので愛おしい品々です」と柔らかな笑顔を見せた。

 最後に中の町の活性化について尋ねると、
「他所のいいところはどんどん吸収して
自分たちの経営に活かしていくことが大事。
グループの垣根を越えていろんな人たちが交流を深めて、
たとえばママさん同士で那覇や浦添などの元気のあるところに
見学に行って勉強してくることも大切なのでは」と画期的な提案をしてくれた。
中の町のニュージェネレーション・ママは今日も攻めの姿勢で大店舗を切り盛りしている。

てんきゃらっと TEL 933-3999



次回はアドバンスの大城睦子ママを紹介します。



  

2007年11月05日

ママさんリレーエッセイ Vol.4

(「中の町の中・10月号」より)


スナック中洲

福田 富美子ママ

 ドアを開けると笑顔で出迎えてくれた長身の女性。
今回紹介する「スナック中洲」の福田富美子ママだ。
それもそのはず、ママは若い頃実業団バレーチームに所属、
全日本の代表にもなった経歴を持つ人だ。

 「中洲」は先月号で紹介した「スナック・いるか」のふじこママのお店と同じ
ハイサイ通りエルザハウス1Fにある。
店名からも分かるように富美子ママは福岡の出身。
東京での生活を経て三十三年前に来沖、来てすぐにお店を始めた。
信金通りからスタートし、国道沿い、サバニの斜め向かいと移転し、
現在の場所に移ったのが十三年前である。
店は夕方七時から午前六時まで。正月も休み無しの年中無休。
「若い頃スポーツをやっていたから基礎体力には自信があるのよ」と笑顔を見せた。

 ママがお店を営業する中で心がけているのは
会話の中から相手の性格を見極めて相手に応じた対応をすること。
そして言葉づかい。それはお店のスタッフにも徹底している。
「お客様が居心地のよい空間にするのが大切ですから」と話してくれた。
「沖縄の言葉で好きな言葉もたくさんあるけど、嫌いな言葉もあるのよ」とママ、
尋ねてみるとそれは「なんくるないさ」(どうにでもなるさ)。
いい意味で使われるときはいいが、
反面、人に頼るようないい加減さや甘さを感じるという。
「自分の足でしっかり立って歩く姿勢が大切だと思います」ときっぱり。
自分の性格を「男みたいな性格」というママらしいきりりとした見解だ。
お客様たちはママのこういう面に惹かれるのだろう。

 中の町の活性化について尋ねると、
「本当に町を元気にするためには、自分さえ良ければいいという考えを捨て
みんなで助け合っていくこと。
町を引っ張っていくリーダー的な人が現れたら協力はおしみません」と話してくれた。

 店内には一際目を引く大きなポスター。
三十代後半以上の人なら良く覚えているだろう。
ANA・沖縄キャンペーンガール、ユキ・マッケンティーさんのポスターだ。
ママに尋ねると「娘です」と笑顔を見せた。
言われて見れば顔立ちもよく似ている。
「今はアメリカで幸せに暮らしていますよ」と目を細めた。
娘・ユキさんのポスターに見守られながら、
富美子ママは今夜もお店を切り盛りしている。




次回は「てんきゃらっと」の
古謝博子ママを紹介します
  

2007年10月08日

ママさんリレーエッセイ VOL.3

(「中の町の中・9月号」より)


スナックいるか

仲宗根ふじこママ

 「スナック・いるか」はハイサイ通りのエルザハウス1Fにあるお店。
名前の通り店内はイルカの絵や置物、
オブジェ、ぬいぐるみが満載の癒しの空間だ。

 ふじこママがこの世界に入ったのは二十年前。
それまで勤めていた会社をやめての転職だった。
他の店での従業員の期間を経て五年半前に
現在の場所に「スナック・いるか」をオープンさせた。
「自分の思うような空間を作りたかったの。
イルカをテーマにしたのはイルカには人を癒してくれる力があるから。
来てくれたお客様が安らげる、そんなお店にしたかったんです」と
お店の名前の由来を話す。

 いるかのお客様はみんなとても仲が良い。
初めての人でもすぐに親しくなれる。ママの心配りと絶妙な機関銃トークで
気付いたらずっと前から友達だったような雰囲気を作り上げてしまうのだ。

 そんな明るいパワフルなママにもつらい時期があった。
オープン四周年を迎えた頃、壁にぶつかっていた。
何故だかお客が減った。無力感とつらさで何度も店を閉めようと思った。
しかし周りの仲間に励まされ、とにかく店を開け続け頑張り通した。
そして迎えた昨年十一月の五周年。
乗り越えることができたのだと実感した。以前のようにお客様も戻っていた。
「自分一人で生きているつもりだったけどたくさんの人に
いろんな方向から支えられているんだとその時痛感しました」とママは話す。

 「お店をやって良かったといつも思います。
毎日何か勉強させられる。友達もどんどん増える、
人の優しさにもふれられる。とても大切な場所。だから私はお店が大好き。
年中無休で頑張れるのはそのおかげです」とお店への思いを話してくれた。

最後に活性化について尋ねると
「ここで生きているオーナーや従業員みんなの輪と、仲間意識、
助け合いが一番大切。
みんなが仲良くなればお客様同士も必ず仲良しになる。
ケンカしているところには誰も近づきたくないでしょ?
みんなで仲良くやって楽しい町を作っていきましょうね。」と話してくれた。

みなさんも是非一度ママのきさくな人柄と
たくさんのイルカに癒されてみてください。




次回は「スナック・中洲」の福田富美子ママを紹介します


  

2007年09月26日

ママさんリレーエッセイ vol.2

ママさんリレーエッセイ vol.2

スナックプリムローズ
   我謝 いつ子ママ


「お客様の名前と顔は忘れません」




 いつ子ママは栃木県出身。ハイサイ通りに店を構えて十七年、
今では地元の人間よりも流ちょうにウチナーグチを操る
明るく素敵なママだ。

 ママが沖縄に来たのは、昭和五十一年、
沖縄の男性と東京で知り合い結婚しての来沖だった。
その後子どもも三人生まれたが離婚。
栃木に帰ることも考えたが子どもたちはここで生まれ育ったので
環境を変えさせたくないと昼も夜も働き、女手一つで育てあげた。
「初めてこの世界に飛び込んだのが三十七歳の時。
四年間従業員として働いた間に友達もでき、
たくさんの応援を受けて自分で店をやってみようと決意しました。」と
開店のいきさつを話してくれた。

 店をオープンさせてわずか半年、中の町に突如嵐が吹き荒れる。
暴力団の抗争が勃発したのだ。
ママの店が入ったビルからも次々と店が撤退、
なんとプリムローズ以外のテナントが
全部泡瀬や他の地域に移ってしまったのだ。
その時期はお客様も激減した。

 しかしママは地元を知らない者の強さで
「中の町ってもともとこんな町なんだろう」と気楽に考え店を継続させた。
常連のお客様たちもそんなママを支え続けた。
「知らなかったことが幸いしたんですね。
おかげで今でも続けることができています」と明るく笑った。

 誰よりもお客様に支えられていることを実感しているママが
大切にしているモットーはお客様には本音で誠実に接すること。
「店の子にもこれだけは厳しく言っています。
出来もしない約束は軽々しくしてはいけない。
本音で誠実にお客様とはつきあうこと。
お客様を裏切ったら次は来てもらえない。
人として守るべき大切なルールです。」
ママのこの凛とした人柄が多くの人をひきつけている。

 更にママには驚くべき特技がある。
来ていただいたお客様の顔と名前は忘れないという特技だ。
これも一人一人を大切に思う心が体得させたものなのだろう。

 最近お客様から言われた言葉がある。
「ここに来るとママから元気をもらえるのが嬉しいって。
この言葉は私自身も嬉しい。もっと頑張ろうって。
気が引き締まります。」と目を輝かせた。

 最後に中の町の活性化について聞くと「組合員もそうでない方も
中の町の行事には積極的に参加してほしいですね。
みんなで中の町を盛り上げていきましょう。」と話してくれた。


(次回はスナックイルカの仲宗根ふじ子ママを紹介します)
  

2007年09月08日

ママさんリレーエッセイ

ママさんリレーエッセイ
          vol1


コスモス 高江洲ノリ子ママ

大切なのは初心に立ち返ることとアララガマ精神




記念すべき第一回目に紹介するのは
笑顔がひときわ華やかなコスモスのノリ子ママ。
 ママは十九歳で宮古島から本島へ。
理容師を経て三十五歳で税務署通りにコスモスをオープンさせた。
五年後税務署通りに移転、更に八年後、現在の場所に移り九年、
計二十二年の長い歴史を誇る中の町でも代表的老舗スナックのママだ。

 コスモスはスタッフ八名を抱える大所帯。
毎夜大勢のお客様で賑わっている。
ママは接客をしながらスタッフやお客様の様子に常に気を配っている。
 オープン当時「接客とは何か」を心がけ、がむしゃらに努力を重ねた。
苦しいことも多かったが頑張り続けた甲斐もあり店は繁盛店に。

 しかし浮き沈みの激しい世界、最初の移転をきっかけに客が激減する。
「もうやめてしまおう」何度となくそう思った。だがここでやめたら
負け犬になると思うと悔しかった。ママはこの時、
店を始めた頃のあの気持ちに立ち返ることが大切なのではないかと気付き、
お客様への対応を一から見直したという。

どうしたら店がお客様にとって心地良い場所になるかを考え、
きめ細かな心配りを徹底した。お客様と話す時は聞き上手に徹し、
相手が話したいことを聞き出し、はしゃぎすぎず出過ぎず、
機知に富んだ大人の会話を心がけた。
お客様の来店の翌日にはお礼の電話を入れるようスタッフにも徹底した。

努力は実を結び、店はまたお客様であふれるようになった。
「やっぱり初心が一番大切。何かあったら常に立ち返るようにしています。
それと宮古の言葉で言うアララガマ精神。くじけずに頑張り通す精神。
これも大切。私、負けず嫌いだからここまで頑張れたの」
と微笑みながらも芯の強いまなざしを向けた。

 「中の町は人通りは減っているけど、町全体で協力して
努力すれば必ずまた以前の様になると信じてます。
私は社交街の副理事をしていますので
今後の社交街を託せる後進を育てるのが今の目標。
お店で心がけているのも人材の育成。接客が下手な子でも
すぐには見捨てずにじっくり教えて育てていますよ。」と話すノリ子ママ、
今夜もお客様に喜ばれる接待を心がけながら、
中の町の活性化と人材の育成を胸に奮闘している。

(次回はプリムローズの我謝いつ子ママを紹介します)