2008年05月16日
中の町住民図鑑・「比嘉邦夫さん」
(「中の町の中・1月号」より)
上地郷友会長・
比嘉邦夫さん
自分たちの土地の上にある町だから
繁盛してほしい。
上地郷友会は会員数約1,000人を誇る大所帯。
そこを束ねているのが今回紹介する比嘉邦夫さんです。
比嘉さんは18歳で郷友会の役員になり
31歳の時には郷友会長、
32歳で中の町自治会長になるなど、
若い頃からこの地域の活性化に情熱を傾けてきた
筋金入りの地域活動家。
上地郷友会では主に浜下りやはたすがし、
ウスデークなど地域独自の伝統行事の主催に
力を入れています。
「昔は十字路3カ所にやぐらを建ててエイサーをした。
あんな活気を取り戻したいね」と比嘉さん、
「『中の町』は自分たちの土地の上にある社交街だから
当然繁盛してほしい。
郷友会と町とが協力していけることは
協力して盛り上げていきたい。
掃除も一緒にやっていきたい」と話してくれました。
昔も今も常に地域の発展を願っている比嘉さんです。
上地郷友会長・
比嘉邦夫さん
自分たちの土地の上にある町だから
繁盛してほしい。
上地郷友会は会員数約1,000人を誇る大所帯。
そこを束ねているのが今回紹介する比嘉邦夫さんです。
比嘉さんは18歳で郷友会の役員になり
31歳の時には郷友会長、
32歳で中の町自治会長になるなど、
若い頃からこの地域の活性化に情熱を傾けてきた
筋金入りの地域活動家。
上地郷友会では主に浜下りやはたすがし、
ウスデークなど地域独自の伝統行事の主催に
力を入れています。
「昔は十字路3カ所にやぐらを建ててエイサーをした。
あんな活気を取り戻したいね」と比嘉さん、
「『中の町』は自分たちの土地の上にある社交街だから
当然繁盛してほしい。
郷友会と町とが協力していけることは
協力して盛り上げていきたい。
掃除も一緒にやっていきたい」と話してくれました。
昔も今も常に地域の発展を願っている比嘉さんです。
2008年01月22日
中の町住民図鑑
(「中の町の中・12月号」より)
中の町住民図鑑 その5
中の町自治会長
伊禮 幸子さん

みんなで頑張って中の町を元気にしたい
今年から中の町自治会の自治会長に就任した伊禮幸子さん、
自治会を活性化させるために積極的に様々な活動を展開中です。
「花を見るためにわざわざ北部に行く。
だったら自分たちの町をお花で一杯にした方がいい」と語るように、
地域を花でいっぱいにしようと一鉢運動を展開しています。
「町がきれいになってみんなが町を愛してくれるのが
一番嬉しい」という伊禮さん、
応援隊が一斉清掃を行っているという情報を聞きつけ、
自ら足を運んで協力を申し入れてくださいました。
12月から中の町自治会と応援隊は
一緒になって一斉清掃活動を行います。
伊禮さんには現在大きな目標があります。
それは「中の町エイサー」を復活させること。
「自分が会長の間に伝統のエイサーを復活させたい」と
構想と展望を話してくださいました。
これからの動きには応援隊も微力ながら参加させていただきます。
頑張れ自治会長!
応援隊も応援しています!
中の町住民図鑑 その5
中の町自治会長
伊禮 幸子さん

みんなで頑張って中の町を元気にしたい
今年から中の町自治会の自治会長に就任した伊禮幸子さん、
自治会を活性化させるために積極的に様々な活動を展開中です。
「花を見るためにわざわざ北部に行く。
だったら自分たちの町をお花で一杯にした方がいい」と語るように、
地域を花でいっぱいにしようと一鉢運動を展開しています。
「町がきれいになってみんなが町を愛してくれるのが
一番嬉しい」という伊禮さん、
応援隊が一斉清掃を行っているという情報を聞きつけ、
自ら足を運んで協力を申し入れてくださいました。
12月から中の町自治会と応援隊は
一緒になって一斉清掃活動を行います。
伊禮さんには現在大きな目標があります。
それは「中の町エイサー」を復活させること。
「自分が会長の間に伝統のエイサーを復活させたい」と
構想と展望を話してくださいました。
これからの動きには応援隊も微力ながら参加させていただきます。
頑張れ自治会長!
応援隊も応援しています!
2007年12月05日
オリオンビールを愛してやまない熱い男
(「(「中の町の中・11月号」より)
中の町住民図鑑 その4
オリオンビール(株)
徳元隆史さん(33)

オリオンビール社員であった父親の背中を見て育った徳元さん、
幼い頃の作文に、「大きくなったらオリオンビールになりたい」と
書いたほどオリオンが大好きでした。
今ではその夢をかなえ、沖縄市担当のオリオンビール営業マンとして
忙しく町を飛び回っています。
「オリオンビールは沖縄の気候に合った喉ごしの良いさっぱり系の味。
一番旨いビールです。今年は会社創設50周年の節目、
これからも末永く『島んちゅぬ宝・オリオンビール』を愛してください」と熱烈PR。
徳元さんの奮闘もあり、中の町のほとんどのお店ではオリオンを置いています。
「町でも家でも飲むのはオリオンだけ!」と話す徳元さん、
親子二代にわたる筋金入りオリオン社員の
自社製品への愛情は半端ではありません。
この記事を書いた時にブログでも紹介しました^^
オリオンマン達の熱き思い をこちらでもご覧ください。
↑↑ここをクリック↑↑
中の町住民図鑑 その4
オリオンビール(株)
徳元隆史さん(33)

オリオンビール社員であった父親の背中を見て育った徳元さん、
幼い頃の作文に、「大きくなったらオリオンビールになりたい」と
書いたほどオリオンが大好きでした。
今ではその夢をかなえ、沖縄市担当のオリオンビール営業マンとして
忙しく町を飛び回っています。
「オリオンビールは沖縄の気候に合った喉ごしの良いさっぱり系の味。
一番旨いビールです。今年は会社創設50周年の節目、
これからも末永く『島んちゅぬ宝・オリオンビール』を愛してください」と熱烈PR。
徳元さんの奮闘もあり、中の町のほとんどのお店ではオリオンを置いています。
「町でも家でも飲むのはオリオンだけ!」と話す徳元さん、
親子二代にわたる筋金入りオリオン社員の
自社製品への愛情は半端ではありません。
この記事を書いた時にブログでも紹介しました^^
オリオンマン達の熱き思い をこちらでもご覧ください。
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2007年11月07日
中の町住民図鑑 その3
(「中の町の中・10月号」より)
中の町住民図鑑 その3
よ ね 食 堂
桑江米子さん(77)
よね食堂は38年前にむつみが丘公園通りにオープン、
市民に絶大なる支持を受けている「お袋の味」食堂です。
オープンのきっかけはオーナーの桑江米子さんの旦那様・良清さんの
「母さんの作る沖縄料理が一番美味しい」の一言。
以後、「桑江家の家庭の味」は「コザを代表する味」となり
多くの人の胃袋を満たしてきました。
当時は米子さんの母親(中の町で伝説の喫茶店・アポロのオーナー)と
娘さんの親子3人でスタート。
今となると意外とも思える「コーヒーシャープ」がその前身です。
中の町で一番最初に「ふーちばーじゅーしー」を出したお店としても有名です。
お店の営業時間は11:00~15:00までと短いのですが、
開店中は大勢のお客様で賑わっています。
店で人気のメニューはナーべーラー(へちま)定食、チキナーチャンプルー、
マスコミでも何度も取り上げられている玄米定食など。
ロングヒットの定番メニュー・煮付けも不動の人気を誇っています。
「最近は長時間は立てないけど、元気なうちはまだまだ頑張りたい」と話す米子さん、
一緒に店をやっている娘さんたちにその味を伝授中です。
コザのお袋の味よ、永遠に!
中の町住民図鑑 その3
よ ね 食 堂
桑江米子さん(77)
よね食堂は38年前にむつみが丘公園通りにオープン、
市民に絶大なる支持を受けている「お袋の味」食堂です。
オープンのきっかけはオーナーの桑江米子さんの旦那様・良清さんの
「母さんの作る沖縄料理が一番美味しい」の一言。
以後、「桑江家の家庭の味」は「コザを代表する味」となり
多くの人の胃袋を満たしてきました。
当時は米子さんの母親(中の町で伝説の喫茶店・アポロのオーナー)と
娘さんの親子3人でスタート。
今となると意外とも思える「コーヒーシャープ」がその前身です。
中の町で一番最初に「ふーちばーじゅーしー」を出したお店としても有名です。
お店の営業時間は11:00~15:00までと短いのですが、
開店中は大勢のお客様で賑わっています。
店で人気のメニューはナーべーラー(へちま)定食、チキナーチャンプルー、
マスコミでも何度も取り上げられている玄米定食など。
ロングヒットの定番メニュー・煮付けも不動の人気を誇っています。
「最近は長時間は立てないけど、元気なうちはまだまだ頑張りたい」と話す米子さん、
一緒に店をやっている娘さんたちにその味を伝授中です。
コザのお袋の味よ、永遠に!
2007年09月23日
中の町住民図鑑 その2
(「中の町の中・8月号」より)
中の町住民図鑑 その2
おでん小町 恒子さん 節子さん
おでん小町は中の町で40年も続く名店です。
オープン当時はお食事の店として、
当時中の町に多数あった官公庁勤めの人々の
おなかを満たしていました。
二人は毎日黙々と通りを掃除しています。
「10年ほど前に観光客に、早い時間に来ても
どこも店も開いてなければ町も汚いと、
嘆きにも似た言葉を聞いたんです」。
これではいけないと一念発起、
その日から二人のお掃除ボランティアがスタートしました。
以前は集積所でもないところに
自宅のゴミを持ってきて不法投棄する人も。
しかし二人が毎日掃除するのを見て、
そういう人も減ってきました。
「中の町の大先輩のママさんがいつも町を掃除していました。
何も言わないでもこの人の背中を見ていたら
私たちも見習いたいと思ったの。
私たちのやることを見て、若い経営者たちも同じように
何か感じてくれると嬉しいですね」と話してくれました。
きれいな町に老舗の味もひときわ引き立ちます。

▲美人姉妹です。左:節子さん 右:恒子さん
中の町住民図鑑 その2
おでん小町 恒子さん 節子さん
おでん小町は中の町で40年も続く名店です。
オープン当時はお食事の店として、
当時中の町に多数あった官公庁勤めの人々の
おなかを満たしていました。
二人は毎日黙々と通りを掃除しています。
「10年ほど前に観光客に、早い時間に来ても
どこも店も開いてなければ町も汚いと、
嘆きにも似た言葉を聞いたんです」。
これではいけないと一念発起、
その日から二人のお掃除ボランティアがスタートしました。
以前は集積所でもないところに
自宅のゴミを持ってきて不法投棄する人も。
しかし二人が毎日掃除するのを見て、
そういう人も減ってきました。
「中の町の大先輩のママさんがいつも町を掃除していました。
何も言わないでもこの人の背中を見ていたら
私たちも見習いたいと思ったの。
私たちのやることを見て、若い経営者たちも同じように
何か感じてくれると嬉しいですね」と話してくれました。
きれいな町に老舗の味もひときわ引き立ちます。

▲美人姉妹です。左:節子さん 右:恒子さん
2007年09月09日
中の町住民図鑑 その1
中の町住民図鑑 その1
コザクラオーナー 鈴木 雅子さん
酒飲んで友達になろうぜ、コザ
コザクラ・オーナーの鈴木雅子さんは
パルミラ通りの顔として名高いけど、
実は正真正銘の中の町住民だったりします。
8年前に来沖以来、「変な町・コザ」に魅せられて
コザ文化の情報をブログ等を通じて発信しています。
「コザの魅力は人と情。たとえ接客が
不器用でぶっきらぼうでもチムググルは温かい。
内地に迎合する必要なんて全くない。
どこも同じような沖縄の他の観光地に比べて、
ホントの沖縄らしさが残っているコザ文化を残していけば
沖縄ブームが去った後でも、コアなリピーターを掴むこと
が出来る」と雅子さんは言います。
中の町に住んでいるだけに朝まで飲んでることも
しばしばあるとか。「もし見かけたら声をかけてね。
酒飲んでお友達になりましょう!」
とのこと。皆さん、どんどん声かけてね(^▽^)
コザクラオーナー 鈴木 雅子さん
酒飲んで友達になろうぜ、コザ
コザクラ・オーナーの鈴木雅子さんは
パルミラ通りの顔として名高いけど、
実は正真正銘の中の町住民だったりします。
8年前に来沖以来、「変な町・コザ」に魅せられて
コザ文化の情報をブログ等を通じて発信しています。
「コザの魅力は人と情。たとえ接客が
不器用でぶっきらぼうでもチムググルは温かい。
内地に迎合する必要なんて全くない。
どこも同じような沖縄の他の観光地に比べて、
ホントの沖縄らしさが残っているコザ文化を残していけば
沖縄ブームが去った後でも、コアなリピーターを掴むこと
が出来る」と雅子さんは言います。
中の町に住んでいるだけに朝まで飲んでることも
しばしばあるとか。「もし見かけたら声をかけてね。
酒飲んでお友達になりましょう!」
とのこと。皆さん、どんどん声かけてね(^▽^)

