2007年11月06日

コザミニ知識その③

(「中の町の中・10月号」より)

コザミニ知識(その3)拡大版

兄弟都市「豊中市」との絆
大阪府豊中市と沖縄市は姉妹ならぬ兄弟都市だ。
どうして豊中市と沖縄市は兄弟都市になったのか。
「広報おきなわ2004年6月号」より抜粋してその謎を紹介する。

   以下 「広報おきなわ」より 
 豊中市役所きっての沖縄通・本岡和巳さん
(現在こども未来部部長)の話によると、1963年頃、
全国市長会があり、その席上当時の大山朝常コザ市長(故人)が
「この中に豊中の市長はおられませんか」と呼びかけた。
豊中市長の代理として出席していた
竹内義治助役(故人・66年5月から74年5月まで市長)が応じた。
大山市長は「私の息子が大阪大医学部に在籍しており、
豊中市内に住まわせてもらってます」と切り出した。
竹内助役は、沖縄戦の戦没者の中には豊中市出身者もいて、
毎年追悼式を行っていることなどを話したという。

 この出会いが縁で、72年に本土復帰を控えたコザ市は、
日本の行政を学ぶため、65年から職員を豊中市に派遣、
それを「豊中学校」と呼んだ。
74年、コザ市と美里村が合併して沖縄市が誕生したのを記念し、
兄弟都市締結が結ばれる。

ところでなぜ都市間交流でよく使われる「姉妹」ではなく
「兄弟」なのだろうか。
本岡さんは「沖縄の格言『いちゃりばちょーでー』(出会えば兄弟)に
由来するのではないかと」と推測する。

 大山市長は70年、コザ騒動に直面、
竹内市長は千里ニュータウンの用地買収に奔走した。
ともにいまの両市の基盤を築いた人物。
両市の「架け橋」ともいえる大山市長の4男、朝賢さん=名護市=は
「二人とも義理人情に厚いところが似ていました」と振り返る。

 豊中市と沖縄市の兄弟きずなの意図が見えてきただろうか。
その後30年間豊中市と沖縄市は兄弟の絆を強く深く結びながら、
親睦、交流を広げ深め続けている。



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この記事へのコメント
最近の記事への書き込みで無くて、すみません。

町子さんのブログをくまなく拝見していたら、このブログに釘付け!!
何と、私は昔2年くらいですが豊中市に暮らしていました!!
ビックリです…。
沖縄が大好きで、コザにハマって…、豊中市と沖縄市が兄弟都市とは!!
偶然とは言え、偶然では言い切れない何かをビビビ!!!と感じました(*^^)v

早くコザに帰りたいですー☆
今度、コザに滞在している時にコザをキレイにするゴミ拾いの日があったら参加させて下さいね(^^♪
Posted by かおり at 2008年03月23日 18:46
おやおや。奇遇ですねぇ^^
やっぱりコザと何らかの縁がある人なんだ、かおりさん。

ゴミ拾いは第3日曜日です。合わせてきてみる?(笑)
なんちゃって。
いつでも歓迎です^^ また遊びに来てね
Posted by 町子 at 2008年03月24日 20:49