2007年12月21日
「中の町 昔・今・未来」 その⑤
(「中の町の中・11月号」より)
若者を受け入れる地域に
司会 「ママさんたちは中の町で
長いこと商売をなさっていますが、
昔の思い出など聞かせてもらってもいいですか」。
志津子「区画整備がされた時にすぐに土地を買い、
今の場所で店を始めたんです。
当時は高い建物なんて何もなかったから
ここから諸見のあたりまで全部見渡せましたよ」
恒子 「本当に中の町はあっという間にお店で一杯になりました。
飲み屋も食べ物屋も。
うちもスタートの頃は食事のお店で
後からおでん屋さんになったのよ。
昔はそれだけ需要があったから」。
宮平母「官公庁の人とかね、朝までお店で飲んで、
そこから出勤している人も結構いましたよ」
恒子 「うんうん。たくさんいたね。
大らかな時代だったから。
今なら時効だから話せるわね(笑)」。
司会 「官公庁の人に昔みたいに
もっと飲んでもらわないといけないですね(笑)」
恒子 「そうよ、町に還元してもらわないと(笑)」
司会 「さっきからずっと思っていたんですが、ママさん達、
動きも表情もみんなすごく若々しくて美しく感じます。
やっぱり町で生きていると年とらないんでしょうか」
志津子「人とずっと接していると気持ちが引き締まるからかしらね」。
比嘉 「今の話、『若さ』って大切なポイントですよ。
五十年前この小さな越来村が大きく成長していったのは、
この町の若い女性がたくさんいたからなんです。
だからたくさんの男性がここに通い、
そこから新しい世代が生み出されて来た。
将来につなぐためには若い層をもっとここに定着させることが大切です」。
司会 「この地域ってそういう意味で大切な地域ですね。
繁華街はある意味その地域の顔でもあるし、
元気度のバロメーターでもある」
比嘉 「沖縄は仕事の少ない地域でもあるし、
中の町はそういう人たちの受け皿にもなっている。
若い人をこの地域にとどめるためにも
この人たちがもっと住み易くなるように
この地域に市営住宅を建てるとか、
そういう施策も打ち出す必要があると思いますよ」。
司会 「是非そういうことを実現させて欲しいです。
少子化も大きな問題ですし、
この地域がもっと活性化していくことが
沖縄市の明日につながっていくことであると確認できました。
官公庁がなくなっても
『中の町』はやっぱり市にとって
重要な場所であることには変わりないんですね。
最後に皆さんに一言ずつ町への思いを
コメントしていただきたいのですが」。
宮平娘「ここに生きる皆さんに、
地域に誇りを持ってほしいですね。
昔は『中の町』はみんなが憧れる場所だった。
そういう憧れられる場所として復活してほしいです」
宮平母「昔のように人が溢れる町になって欲しいです。
どの店もみんな繁盛してほしいですね」。
志津子「ここはいつまでも地域の人が集まれる場所で
あり続けてほしいです」
恒子 「私たちはいい思いもしてきました。
それは先輩達の町づくりへの頑張りがあったから。
これからの人たちにも頑張ってもらって
元気な町を作ってもらい、
私たちが味わったような楽しい思いもしてほしいです」
比嘉 「若い人たちを町に呼ぶシステム作りが大切です。
これが今の『中の町』の課題。
それと、同じ町で長年生きてきたのに、
このメンバーでこういう話をする機会はこれまでありませんでした。
貴重な話をすることが出来ました。
これからも町を良くしていくためにお互いに連携をとって頑張りましょう」
司会 「今日は長時間、本当にありがとうございました」

おわり
若者を受け入れる地域に
司会 「ママさんたちは中の町で
長いこと商売をなさっていますが、
昔の思い出など聞かせてもらってもいいですか」。
志津子「区画整備がされた時にすぐに土地を買い、
今の場所で店を始めたんです。
当時は高い建物なんて何もなかったから
ここから諸見のあたりまで全部見渡せましたよ」
恒子 「本当に中の町はあっという間にお店で一杯になりました。
飲み屋も食べ物屋も。
うちもスタートの頃は食事のお店で
後からおでん屋さんになったのよ。
昔はそれだけ需要があったから」。
宮平母「官公庁の人とかね、朝までお店で飲んで、
そこから出勤している人も結構いましたよ」
恒子 「うんうん。たくさんいたね。
大らかな時代だったから。
今なら時効だから話せるわね(笑)」。
司会 「官公庁の人に昔みたいに
もっと飲んでもらわないといけないですね(笑)」
恒子 「そうよ、町に還元してもらわないと(笑)」
司会 「さっきからずっと思っていたんですが、ママさん達、
動きも表情もみんなすごく若々しくて美しく感じます。
やっぱり町で生きていると年とらないんでしょうか」
志津子「人とずっと接していると気持ちが引き締まるからかしらね」。
比嘉 「今の話、『若さ』って大切なポイントですよ。
五十年前この小さな越来村が大きく成長していったのは、
この町の若い女性がたくさんいたからなんです。
だからたくさんの男性がここに通い、
そこから新しい世代が生み出されて来た。
将来につなぐためには若い層をもっとここに定着させることが大切です」。
司会 「この地域ってそういう意味で大切な地域ですね。
繁華街はある意味その地域の顔でもあるし、
元気度のバロメーターでもある」
比嘉 「沖縄は仕事の少ない地域でもあるし、
中の町はそういう人たちの受け皿にもなっている。
若い人をこの地域にとどめるためにも
この人たちがもっと住み易くなるように
この地域に市営住宅を建てるとか、
そういう施策も打ち出す必要があると思いますよ」。
司会 「是非そういうことを実現させて欲しいです。
少子化も大きな問題ですし、
この地域がもっと活性化していくことが
沖縄市の明日につながっていくことであると確認できました。
官公庁がなくなっても
『中の町』はやっぱり市にとって
重要な場所であることには変わりないんですね。
最後に皆さんに一言ずつ町への思いを
コメントしていただきたいのですが」。
宮平娘「ここに生きる皆さんに、
地域に誇りを持ってほしいですね。
昔は『中の町』はみんなが憧れる場所だった。
そういう憧れられる場所として復活してほしいです」
宮平母「昔のように人が溢れる町になって欲しいです。
どの店もみんな繁盛してほしいですね」。
志津子「ここはいつまでも地域の人が集まれる場所で
あり続けてほしいです」
恒子 「私たちはいい思いもしてきました。
それは先輩達の町づくりへの頑張りがあったから。
これからの人たちにも頑張ってもらって
元気な町を作ってもらい、
私たちが味わったような楽しい思いもしてほしいです」
比嘉 「若い人たちを町に呼ぶシステム作りが大切です。
これが今の『中の町』の課題。
それと、同じ町で長年生きてきたのに、
このメンバーでこういう話をする機会はこれまでありませんでした。
貴重な話をすることが出来ました。
これからも町を良くしていくためにお互いに連携をとって頑張りましょう」
司会 「今日は長時間、本当にありがとうございました」

おわり
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